偉人

宮崎の偉人の紹介



                   宮崎県も全国同様、様々な偉人を輩出しまし
                       歴史的偉人から今日の各界で活躍されている方(偉人)でサイト管理者が記憶の
                       ある人を紹介します。
                       また、後半部分に宮崎が舞台となった映画やテレビ放映された中のうち、主なもの
                       も紹介しています。



               伊東マンショ  上杉鷹山  安井息軒  石井十次  小村寿太郎  若山牧水  後藤勇吉
                  岩切章太郎  鳥原ツル  

                  芸能・スポーツ選手

                  宮崎の映画・テレビ放映

       
氏   名 一 口 紹 介
   伊東マンショ

  (宮崎県西都市)
1570年頃、都於郡城で出生した。
九州のキリシタン大名である大村純忠義などがローマ法王のもとに派遣した
天正遣欧使節の首席。往復8年の年月を要し帰国したのちマカオに留学した。
さらにマカオから帰国後、山口、飫肥などで布教活動したが、1612年没。
    上杉鷹山

  (宮崎県高鍋町)
米沢藩第10代藩主。
もともとは高鍋藩主(宮崎県高鍋町)、秋月種美の2男として出生したが、米沢
藩へ養子となったもの。
1769年米沢藩へ行って以来、財政再建立て直しのために数々の施策を実行
した。

「為せば成る為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の名言は
有名です。
    安井息軒

  (宮崎県日南市)
飫肥藩(宮崎県日南市)の儒学者です。
20歳で江戸を出て学問に磨きをかけ、帰国後は学問所明教堂を設立(宮崎県
清武町)し、教育にあたった。
1838年江戸に上がり、三計塾を開き、塾生に「陸奥宗光」などを排出した。
1876年(明治9年没)
    石井十次

  (宮崎県高鍋町)
社会福祉事業の先駆者で、茶臼原孤児院の創設者です。
熱心なキリスト教信者で、1887年孤児教育会(後の岡山孤児院)を設立したが、
経営は困難を極めたため、自給自足の経営方針から茶臼原の山林を開拓し、
岡山孤児院分院茶臼原孤児院を開設し、経営に成功した。
1914年没。
   小村寿太郎

  (宮崎県日南市)
1855年、飫肥藩の物産方の長男として出生するが、生活は苦しく、苦学の末、
20歳(明治8年)ハーバード大学に入学した。
25歳の時に当時の司法省に入り、後に外務省に移る。第1次桂内閣の最初の
外務大臣に就任し、46歳の時、日露戦争の日ロ講和会議で交渉を行い、
ポーツマス条約を締結させる。
さらに54歳になったとき、関税を自主的に定める権利(関税自主 権)を回復させ、
世界と対等に貿易をできるようにした。
1911年、57歳で没
    若山牧水

  (宮崎県日向市)
国民的歌人で1885年旧東郷町に出生する。
17歳で雑誌へ投稿し、19歳で牧水の号を使い始める。
一時期、苦悩を味わうが、25歳の時、「別離」を出版し、この歌集で名声を高める。
43歳で逝くが、約8700首、全国に275の歌碑が建っている。
    後藤勇吉

  (宮崎県延岡市)
日本航空業界の発展に多くの業績を残した空の先駆者です。
1896年(明治29年)出生し、旧制延岡中学校を卒業すると同時に上京した。
1921年、日本で初めて一等操縦士の免許を取得し、4000k9日間連続飛行、
日本一周飛行など数々の業績を残した。
1928年(昭和3年)佐賀県上空で墜落死した。
   岩切章太郎

  (宮崎県宮崎市)
「宮崎県観光の」と称される。
1893年(明治26年)出生した。
東京帝国大学政治科を卒業し、住友銀行へ数年勤めた後、帰郷する。1926年
(大正15年)、バス4台で現在の宮崎交通を創立し、現在の宮崎南駅から宮崎
神宮間を運行開始した。
戦前、宮崎銀行頭取、宮崎商工会議所会頭などを務め、博覧会や日南海岸に
フェニックスを植栽、こどものくにを開園した。
戦後は「大地に絵を描く」発想のもと、橘公園、えびの高原を整備し新婚旅行の
メッカ、宮崎ブームを巻き起こした。
岸伸介元首相とも懇意な仲であり、佐藤栄作元首相からも全日空社長就任、
国鉄総裁就任の要請があったがこれを断り、観光宮崎立県に尽力した。
1985年没。
    鳥原ツル

  (宮崎県宮崎市)
全国初の女性校長先生です。
1920年(大正9年)、25歳の若さで現在の古城小学校校長に登用された。
児童120名、教員4人の学校であったが、当時は「独身の美人校長が来る」と
大騒ぎになり、全国からの激励の手紙があとを絶たなかったそうです。
住民にも尊敬され、学校行事には保護者や青年達が進んで奉仕作業をした
そうです。
1981年(昭和56年没)
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   芸能:スポーツ選手

     作詞作曲 : 中山大三郎
     映画監督 : 黒木和雄
     俳優歌手 : 今井美樹、斎藤慶子、緑魔子、浅香唯、蛯原友里、小渕健太郎
              堺雅人、永瀬正敏、温水洋一
     プロ野球 :  武上四郎、水谷実雄、青木宣親、田中幸雄、寺原隼人、井出正太郎
              木村拓也
     ゴルフ   :  大迫たつ子、大山志保、川崎充津子
     柔道    : 上村春樹、大迫明伸、井上康生
     水泳    : 林亨、松田丈志
     マラソン  : 宗兄弟、谷口浩美


   映画・テレビ

   ○ 「100万人の娘たち」1963年(昭和38年)公開
    
       岩下志麻が演じた宮崎交通バスガイドの青春恋愛映画。
       当時、松竹映画会社の社長が、定期観光バスに乗ったところ、バスガイドの
       純粋さに魅かれ、映画化されたものです。

   ○ 「男はつらいよ、寅次郎の青春」1992年(平成4年)公開

       主な撮影所は、日南市油津。
       風吹ジュンをはじめ後藤久美子、宮崎出身の永瀬正敏が出演。

   ○ 「たまゆら」1965年(昭和40年)放映

       川端康成原作 NHK連続テレビ小説。
       宮崎への新婚旅行ブームに火をつけた作品といわれている。

   ○ 「わかば」2004年(平成16年)放映

       NHK連続テレビ小説。
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